思い出の桜

ミヤタです。
前回に引き続き、桜の話です。

関西ではもうすぐ満開になりそうな雰囲気。
夙川の桜もあとすこしで、人口が明らかに増えている気がします。

満開の桜並木は迫力があってきれいだなと思いますが、
どちらかと言うと1本だけで立っている木が好きです。
孤独な気がするし、木の形の美しさが際立つから。

不思議なことですが、生活している場所の近くに
いつも好きな桜の木がありました。

今は駐車場の近くの桜の木。古い木で、枝ぶりが見事です。
道にかぶさるように枝がのびていて、満開になると花がこぼれるように咲きます。

名古屋でひとり暮らしをしていた大学のころは
バイト先の近くに立派な桜の木がありました。
T字路の突き当たりにある一軒家に植えられている木で、
道のずっと向こうからでも見えました。
そのバイトは大学の途中で辞めてしまいましたが
辞めてからも春にその道をよく歩いたりしてました。

実家にいたころは、近くの小学校の桜の木。
古い小学校で、桜の木もすごく古くて大きい。
たくさん植えられているのですが、なかでも校舎とグランドのあいだに立っている木が好きでした。
小学校のなかでいちばん大きな木です。ものすごい存在感がある。
いままで見た桜の木のなかでも、間違いなくいちばん大きな部類に入ります。
小学校に通っていたころは見るのが当たり前でしたが、
卒業してからは見るたびにすごいなあと思っていました。

この週末、祖母の卒寿(90歳)祝いのため実家に帰りました。
小学校の桜、健在でした。しかもほぼ満開。
枝を左右に広げて美しく咲き誇っている姿にしばし見とれてしまいました。
時間が止まっているような不思議な感覚がありました。

祖母が元気だったことがすごくうれしかった。
そして、変わらない桜の姿にもうれしくなった週末でした。

変わっていくことも素敵ですが、
変わらずずっとそこに居てくれることも
すごくうれしいことだということを強く思いました。